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5.室蘭やきとりのルーツを探る

室蘭のやきとりの歴史。それは、屋台から始まった。

明治42年、溶鉱炉に火が灯ってから、室蘭は鉄のまちとして繁栄してきた。そこに働く労働者の胃袋を満たしてきた代表的な食べ物、やきとり。
やきとりと室蘭の関係、その秘密と魅力を探るため、市内で最も古いやきとり店「鳥よし」に、自らも大のやきとり好きという、室蘭地方史研究会・本野里志さんが調査へ向かった。
ここでは、店主・小笠原光好さんと本野さん、そして常連客の皆さんの、店内での会話を聞いてみよう。

やきとり店「鳥よし」小笠原さんご夫妻の写真

やきとり店「鳥よし」:小笠原さん
昭和12年から輪西で店を構える「鳥よし」は、市内で最も古くから営業している、やきとりの専門店。光好さんの母親の後を継いで夫婦二人三脚で、のれんを守っている。

室蘭地方史研究会 本野さんの写真

室蘭地方史研究会:本野さん
室蘭地方史研究会会員。元室蘭清水丘高校教員で、教員当時から「室蘭のうつりかわり」「新室蘭市史」など、地方史編さん業務に携わり、室蘭の歴史事情に詳しい。

室蘭やきとりの誕生

小笠原:ヘイいらっしゃい(威勢のいい声が店内に響く)。寒くなったねぇ。さて、何にしましょう。

本野:そうだな、これからの時期は熱燗がいいね。それに豚精3本にレバー2本、タレでちょうだい。

小笠原:お客さん、初めてですか。どちらから?

本野:実はね、私、やきとりが好きでね。室蘭のやきとりって珍しいでしょう。それに、やきとり屋さんも多いし…。室蘭の歴史を研究している関係で、ちょっとやきとりについて調べてみようと思ったんですよ。「鳥よし」は室蘭で一番古いから、きっと色々と知っているんじゃないかと思ってね。

小笠原:うちはね、輪西に店を構えて、ただ長いだけですよ。昔と何も変わらない。進歩がないんだな。

本野:確かに進歩はない。が、人情がある。(笑)

小笠原:昔、帯広に「鳥よし」っていうやきとり屋があってね。昭和7年ころ、そこに父が修行に出たんですよ。そして室蘭に戻って、昭和8年か昭和9年に輪西でやきとり屋を始めたんだ。そのころはまだ屋台だったけどね。

本野:そうだね。昔は食べ物屋のほとんどが屋台から始まったからね。
そうそう、屋台といえば戦後、今の中央町、長崎屋の向かいあたりにラーメン、そば、やきとりの屋台がズラーッと並んでいたのを思い出すね。ところで、この店はいつから?

小笠原:昭和12年にこの店を構えてね、母親が店を切り盛りして、父親は屋台担当。そのころは屋台の許可が下りないらしくて、警察の目をかいくぐっては、今の輪西のホームストア前の社宅通りや、色々と場所を替えながら商売してたみたいですよ。そして警察に注意されると、すごすごと店に戻って母親の手伝いをしてたんだって。

本野:戦中・戦後は食糧難で大変だったでしょう。農家でも米が食えずにあわやひえを食べていた時代だからね。店ではどんなものを出していたの?

小笠原:昭和18年くらいから昭和21年くらいまで、戦争で店の営業ができなくてね。父もこのころ若くして亡くなって…。5人の子供を抱えて、母親1人で大変だったと思うよ。もちろん、私たち子供も、仕込みの手伝いで満足に学校へも行ってられなかった。
終戦直後は食べ物なら何でも売ったって話だね。伊達まで買い出しに行って、とうきびをゆでて売ったり、近くのやきとり屋が集まって、モツ(豚の内臓)をただ湯がいたものを出していたらしいよ。鯨も焼いたことがあったって聞いたな。

常連客:戦争って悪いね。

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やきとりの秘密

本野:そうだね。私らの幼いころは、鯨やイワシ、タラのおかげで大きくなったみたいなものだからね。
ところで昔から「やきとり」って豚肉だったの?

小笠原:ずっと豚の精肉とモツを使ってますよ。終戦後も数は少ないけれど日高から直接買いつけていたから、いくらかは入ってきてましたね。

常連客:オレが来たとき、大将のお母さんに、ないって言われたぞ。(笑)

小笠原:ただ昔は精肉が高かったから、安いモツの方の注文が断然多かったですよ。精肉が多く出始めたのは最近になってからかな。

本野:鳥は出してなかったの?

小笠原:昭和43年くらいまでかなぁ。近くに鳥屋さんがあってね。9月の中ころから11月くらいまで、輪西から母恋方面にかけて、渡り鳥がいっぱい飛んでくるんですよ。昔スズメって言っていたけど、アオジ、メジロ、ツグミだね。今では禁止されてるけど、それをかすみ網にかけて捕まえるんだ。それを炭火で焼いて、タレにつけて食べる。この時期の鳥は脂が乗ってうまいと評判でね。ひと串に2羽つけるんだけど、1日に200本以上出たこともあったね。

本野:それが、本来のやきとりなんだろうね。

小笠原:そうだね。今でもスズメを出しているところはあるけど、昔は鶏肉は高級で手に入らなかったし、野鳥には時期があるからね。それでいつの間にか手に入りやすい豚肉が、やきとりって呼ばれるようになったんじゃないかな。
終戦後、東京でも豚肉の串焼きを出していたけど、昭和30年代に入って鶏肉が安く出始めてからは、やきとりと言えば鶏肉になっていったみたいだね。

本野:それじゃあ室蘭は時代の流れに乗り遅れたんだ。

小笠原:違うよ。昔からの伝統を守っていると言ってほしいな(笑)。

本野:ほかのまちでは、やきとりにはふつう長ねぎを使うけど、どうして室蘭では玉ねぎなんだろうね。それに洋がらしを使う所も珍しいし…。

小笠原:うちでは昭和25年、昭和26年ころまで長ねぎを使ってたって聞いたな。母親が言うには、長ねぎは高いし使うところが少ない。玉ねぎは一個でやきとり何十本分もとれるでしょう。北海道は玉ねぎの産地で、手に入りやすかったし…。そんな訳で玉ねぎにしたらしいよ。
洋がらしはずっと出してなかったんだけど、お客さんにせがまれてねぇ。20年くらい前から出すようにしたんだ。だれが考え出したんだろうね。

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鉄のまちはやきとりのまち

本野:昭和30年代に入って、室蘭一の繁華街、今の中央町、昔の大町の商店街の人通りはすごかったなぁ。鉄鋼関係の労働者を中心に、夜中まで賑わっていたね。その中でも、仕事を終えた労働者が、一日の疲れを癒すために好んで立ち寄っていたのがやきとり屋。昔から、仕事帰りには、一杯飲んで、
やきとりつまんで…。そんな雰囲気があって、どこも繁盛していたみたいだね。

小笠原:私も昔は新日鐵の鉄鋼マンでね。15時になると7つある通用門が一斉に開くんですよ。すると、待ってましたとばかりに労働者が輪西のまちに繰り出してね。それはすごかったですよ。
私が店に出たのは昭和42年くらいかな。結婚して、昭和40年ころから妻が店を手伝い始めたんだけれど、それまでは母親1人でね。7、8人も座ればいっぱいになる、今よりもっと小さな店だったけど、連日外での立ち食い客が出るほど、まちにも店にも活気があったね。
昔は食べるやきとりの量も半端じゃなかったからね。1人で精肉20本はざら。酒もよく飲んだよ。

本野:今ではだいぶ寂しくなったんじゃない。

小笠原:輪西のまちも20年前は商店や飲食店が260店もあったけど、今では60店くらいかなぁ。

本野:不景気で、人口も少なくなって、繁華街も中島方面に移ったけれど、それでも市内にこれだけ多くのやきとり屋があって、市民に受け入れられているってことは、それだけ鉄のまち室蘭の風土にやきとりがマッチしたんだろうね。

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やきとりと人情

常連客:オレはね、ここへは先代の母親のときから通っているんだよ。着物に前掛け姿で、気前が良くてね。金のない話をすると、でんと、一升びんを立てて、
「金はいらないから好きなだけ飲め」なんて言ってくれてね。懐かしいなぁ…。

小笠原:20年前、66歳で母親が亡くなったんですよ。その時は本当に困ったね。何せタレの作り方を教えてくれなかったんだから…。
それでも妻がね、母の近くでよく見ていてくれたおかげで、見様見真似でタレを完成させたんだ。やきとり屋経験も私より長いしね。この店は妻でもっているようなものですよ。

本野:どおりで、奥さんには頭が上がらないって感じだ。(笑)

小笠原:長くやっているおかげで、40年も50年も来てくれるお客さんがいるんですよ。親子3代で常連さんなんて人もいますよ。本当にありがたいことだね。

常連客:オレも何十年もここに通っているけど、つい、寄ってしまうんだよなぁ。

本野:どうしてだろうね?

常連客:それは簡単。自宅への帰り道だからさ。大将には、オレが寄らないように、店をどこか遠くへ移転してくれって頼んでるんだけどね(笑)。
ただね、やきとり屋には人情がある。会社でいやなことがあっても、やきとり食べて、焼酎飲んで、ここへ来るお客さんといろんな話をしていると、なぜかスカッとして家に帰れるんだ。不思議な魅力があるんだよね。だから、またつい、来てしまうんだよ。

本野:常連さんが来ないと、心配になるんじゃない?

小笠原:そうだね。それでも、時代は変わったね。今は車社会だから、昔みたいに「今日飲みにいくぞ」って言ったって、なかなか「はい、行きましょう」ってことにはならないでしょう。コミュニケーションが取りづらくなっているんだよね。それでも、やきとり屋本来の、この雰囲気はこれからもずっと守っていきたいね。

本野:今日はありがとう。参考になったよ。やきとりはやっぱり魅力的だね。室蘭で根付いた庶民の味だから、このまま変わらないでほしいね。それじゃあ、また来るよ。

もう一杯やっていかないかい…。
今日ものれんの向こうでは、こんな光景が繰り広げられている。

室蘭のやきとりを探るのページへ

目次

1.やきとりの魅力のページへ

2.室蘭やきとりのルーツのページへ

3.「やきとり」日本の歴史を探るのページへ

4.「やきとり」北海道道内を探るのページへ

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お問い合わせ

経済部観光課 
住所:〒051-8511 室蘭市幸町1番2号
電話:0143-25-3320   ファクス:0143-25-2478
Eメール:kankou@city.muroran.lg.jp

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